裏切られた者の中に専門家はいる

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近藤さんがひょっこりとスタジオ悠にやってきたのは、5/29の午前11時ちょっと前のこと。
朝の五時に高知の安芸市にある自宅を出て、高知空港から飛行機に乗り、羽田から町田に直行したというが、隣町から訪ねてきたのかと思うほどいつものとおり淡々としている。

1935年生まれで、一家離散の後ストリートチルドレン(当時は浮浪児と呼ばれた)をしていた近藤さんは、15歳の時、炭鉱の事故で脊椎損傷となり、あと3年の命と医師から宣告されるが、「あと3年もベッドの上で三食不自由せずに生きられるのか!」と安堵したという。

「自分は小学校もろくに出てないからね」と言いながら、編み物から住宅設計から車の運転からパソコンまで、たいていのことはすいすいこなす。

今回も、午後のTPセミナー「ココロもカラダもバリアフリー」(写真上)でパートナーの樋口恵子さんとバリフリー建築家の吉田紗栄子さんの二人が使用するパワーポイント資料をつくってきてくれた。
それは、楽しみながらつくったことが良くわかる、その喜びが伝わるプレゼンテーションだった。
f0107724_724548.jpg近藤さんは学校では学べなかったが、いつもリアルな現実から学び取る感性と自由な発想を自分の中に保ってきた。

バスケット選手としてパラリンピックに出場、フルマラソンを走り、20年間町田市の福祉ワーカーを勤め、いまも長崎、沖縄…と各地の自立生活センターづくりに飛び回り、現在、三軒目のバリアフリー住宅を高知に構え、海と山を望むウッドデッキでパートナーの樋口恵子と食事を楽しんでいたりする。

近藤さんのような人を見ていると、あらためて子どもにとっての家族や学校の意味を問わざるを得ない。
時に「子どもの保護」という名の元に、学校教育や親のしつけというものは、子どもたちが本来持つ柔軟さに固定観念を植え付ける。
そこに一元的な評価、優劣のものさしが加われば、可能性はがんじがらめに縛られる。
「これができなきゃダメ」と抑圧する者に評価され、従い続ければ、自然な発達は止まってしまう。

その結果、「自分は不十分だ」という自己否定感や、「あれがないから、これがないからできない…」と「できない理由」ばかり探す不自由な思い込みを積もらせていく。
なにがハンディキャップって、こんなに重い障害はないだろう。しかも目に見えないし。

人には学ぶ場と機会が必要である。

近藤さんは、障がい者、当事者運動の歴史を振り返るとき、「僕たちはいつも裏切られてきた」と語ることがある。
それは「裏切られてきたから価値がない」という意味ではない。
その言葉の中にはいつも「裏切られた者の中にこそ専門家はいる」という自己信頼が込められている。

もうすぐ発行する会報には、近藤さんのトーク「しあわせ(福祉)学」の最終回が掲載される。

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by teenspost | 2010-06-02 07:32 | ♪徒然Sawanism