まちがいでよかった

f0107724_8204632.jpgもう十年以上前になるか、TEENSPOSTの会報に掲載されたA子さんの体験談を思い出す。

A子さんは夫の海外転勤にともなって、子どもとともに渡米したのだが、入園早々、子どもの通う保育園でA子さんの子どものお尻の青さが問題になっていたらしい。
「まだまだお尻が青いね」なんて日常会話が交わされるくらい、日本人にとっては馴染み深い蒙古斑(黄色人種特有の幼児の臀部の青さ)だが、米国の保育園では、虐待の可能性を疑ったらしい。
すぐに保育園は地域の児童保護局に通報をした。

ある日、A子さんの自宅に児童保護局の職員が訪れた。
そして、いろんな話をしたあと、子どものお尻の青い痣についてA子さんに質問を投げかけた。
突然の訪問の理由を知って、A子さんが驚いたのは言うまでもないが、A子さんは蒙古斑についてヒッシに説明したところ、児童保護局の職員は「まちがいで、よかったです」と言って帰っていったという。

もちろん、米国にも児童虐待に関して痛ましい現実があるわけだが、
子どもの権利にそって、コミュニティが見守るということはどういうことなのか、このエピソードから学べることがある。

子どもの虐待を見過ごしてしまう一番の問題は、「無関心」だ。
特に、「まちがえたら悪いんじゃないか」というナルシシズムが最大のネックとなる。
知らぬが仏、触らぬ神にたたりなし…とか。なんどここで神とか仏とかでてくるんだか?

子どもに嫌われたくないから言わない親、部下に嫌われたくないから言わない上司、新人に嫌われたくないから言わない“先ゆく仲間”とか。
自分がどう見られるかだけを気にして相手が存在しないナルシシズムは厄介だ。

関心を寄せるということを大人たちが行動で示さなければならない。
そのために周囲も当事者も、自分ひとりでやろうとしないで、助けを求めてOKということだ。
そして、もちろん、まちがえてもOK!
それが精神の大人性なのだ。

まちがえてOK!と思えないからこそ、恐れで壁を打ち立てて、他人からの指摘や介入もつっぱねて、ナルシシズムに孤立してしまうのだから。

「まちがいでよかったです」「関心もってくれて、ありがとう」と微笑みあえる関係を、小さいうちから、いろんな場所やいろんな関係の中で感じ取ってほしい。

小学校2年生の夏休みに母の田舎でひとりで初めて「トトロ」に出てくるようなボンネット型バスに乗ったときのこと。
乗り込むことだけに精一杯で、降りてくるお客さんを待たずにバスに飛び込もうとした私を、車掌さんの女性(そうワンマンカーではなかった!)は、私の首根っこをつかまえてパスの外に出し、「降りてくる人がいるでしょ。待ちなさい」とピシリと言った。
かっくいい、と思った。

子どもたちにとって夏休みは、評価から解放され、家族や学校という日常から離れて新しい他者に出会えるとき。
子どもを育てるのは親や教師だけじゃない。
by teenspost | 2010-08-07 08:22 | ♪徒然Sawanism