いろんなものが実りそうな秋

f0107724_17101130.jpg翻訳という作業は、人の話に耳を澄ませることに似ている。
母国語なら読み流せることでも、異国語は時間をかけて身体を通しながら母国語に口移していくから、その過程で、思いがけず自分の内面や体験があぶりだされてくることがある。

ただいま時間をつくりつつ、せっせと翻訳しているポール・キベルさんの著書は、10年前に訳した児童書「An Elephant In the Living Room」と同じくらい勇気づけられたり励まされることがある。

児童書「An Elephant In the Living Room」は、コツコツ一人で訳した後に版元の許可を得て日本版テキストをつくった。
"elephant in the room"には「誰もが知っているのに触らず避けている問題」という意味があるが、“リビングルームのゾウさん”とは、まさに機能不全なグループや家族問題を言い当てた言葉である。

その翻訳を元に「依存症家族の子どもケアプログラム」を創り、そこから絵本「ファジーのきもち」や「クロちゃんとリビングのぞうさん」を生み出した。
それから出前プログラムや「心の手あて講座」というスタジオ悠のプログラムが実り、何度も繰り返してやってきた。

この秋からは自助グループNACの有志がこのテキストを使ってピアエデュケーションという仲間同士の学びあいをはじめる。
毎月第3木曜の午前中に、1年以上かけて読みあうそうだ。
そうやって、良いものを分かち合い、引き継いでもらえることは、本当にありがたいことだ。

10年前の私は一人で翻訳する中で、この本の中の「It's enough to do the best you can = あなたにできるベストを尽くせば十分よ」という言葉に何度も救われ、しばらくはアファメーション(自分を育てる言葉)にしていた。
なんたって、時に孤独な翻訳作業とは燃え尽きのリスクもはらんでいる。

どうにも訳しきれないニュアンスもあれば、理解できない異文化がそこにある。
辞書も通信機器もない時代の杉田玄白とか福沢諭吉とかどうしていたんだろう?

翻訳なんて面倒なことしないで読めたらいいのに…と思うこともないけれど、米国では翻訳本は出版物のわずか2-3%らしく、日本のように異国の言葉を自国語に翻訳しながら取り込んでいく文化というのは、実はすごく謙虚で寛容な多文化共生なんじゃないの?、とも思う。

現在、訳している本は、居住地も遠く離れた男女混合4人の共同作業で、今朝も沖縄のKさんとメールをやりとり、翻訳するそばから、想起したことを共有できることがとても嬉しい。

今日、訳しながら、ついつい泣けちゃった言葉を下に添付する。

--------------------------------------------------------------
男の子たちは効果的に問題解決できるようなコミュニケーションのスキルを必要としている。

「逃げろ」「助けを求めよ」「困っている人を助けなさい」「泣いたっていい」「すべての答えを持てなくてもいい」…そうやって、いろんな言葉で男の子たちが人間らしくあることを励ますことが親や大人にはできるのだ。

恐れや無力感やジェンダー意識や大人自身の心の傷によって、男の子に寄り添うことを投げ出してはならない。
--------------------------------------------------------------


この翻訳からいろんなものが実りそうな秋である。

f0107724_17221941.jpg

by teenspost | 2010-10-19 17:42 | ♪徒然Sawanism