小さな命の力に畏敬の念を抱きつつ


f0107724_2127344.jpg朝目覚めてカーテンを開けたら,ベランダに置いてあった紫紺野牡丹に新芽と若葉が出ているのを発見した。

何度か、このブログでも紹介しているが、紫紺野牡丹は米国の暴力予防教育家ポール・キベルさんの自宅のシンボルツリーだ。

毎年、夏から秋、霜が落ちるまで、紫紺の花を楽しんでいるのだが,日本の気候では、残念なことに一月末には枯れてしまう。

その枯れ木をそのまま一番温かいところに野ざらしにして冬越ししたのだった。

・・・ということはひょっとして、あれも??

実は、スタジオ悠がオープンした1997年の春、樋口恵子さんがプレゼントしくれた観葉植物、ミルクブッシュが、天井まで届くほど大きく茂っていたのに、今年の冬に出張から戻ってきたら、すっかり萎れて元気をなくしていた。

その様子に涙が出るほど可哀想で、そのまま置いておくのもつらくて、ピンクのやわらかい和紙で包帯のようにくるんで、毎日言葉をかけて撫でて一番温かい窓際で 手あてしていたのだ。

それから震災があり、慌ただしく3月と4月は過ぎ、季節は初夏に変わり、ある日、思い切って、鉢ごとビルの裏手に運び、天の雨にさらすことにしたのだった。

一週間前に様子を観に行ったときには、相変わらず、なんの変化も訪れず無惨な枯れ木のままだった。

そして、自宅の紫紺野牡丹に若葉が出ているのを発見した今日、人が1人入るのがやっとのビルの裏手の隙間にいってみた。

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そしたら、あったよ! あったよ! 愛らしい新芽が出ているじゃないか!

思わず嬉しくて一人で飛び上がった!

枯れたように目に映るものの中にも、どんなに弱っているものの中にも、命はちゃんと宿っている。

その命の力に畏敬の念を抱きつつ、ティク・ナット・ハン(ベトナム人の禅僧。詩人)の言葉を思い浮かべた。

バラの花はバラではないものによって創られる。
水、太陽、ミネラル…つまりバラは自分だけでは咲けないのだ。


そう、紫紺野牡丹もミルクブッシュも枯れたように弱っていても、その中からかけがえのない崇高な命の力を産み出す。
けれど、それだって雨や空気や太陽やたくさんの“自分以外の存在”に生かされているのだ。

311から明日で3ヶ月。
日本各地で、いや世界各地で、さまざまなイベントが準備されている。
被災地の復興のために、日本中の人々が心のエネルギーをシフトさせたい。

追記:
夕方、石垣島の高校生と保健師・養護教諭によるNPO「ラブピアプライスやいま」から、かねてより応援していた某財団への助成金申請が通った!という朗報が入った。
やったね!
by teenspost | 2011-06-10 22:09 | ♪徒然Sawanism