秋祭りに思う“市民の仕事術”

今日は町田天満宮の秋祭り。

子ども時代、代々木八幡の近くで育った私は、秋祭りというと,早朝から境内をうろついていたっけ。
何が楽しみって、ふだんお目にかかれない大人に沢山出会えて,おしゃべりできるのが楽しかった。

お小遣いじゃ高くて買えないけれど、ずっと飽きずに見ていた「飴細工」や「砂絵」。
見世物小屋の「蛇女」は近くづくのもコワかったけれど、その正体は、そば屋で親子丼を食べる小柄の女性だった!
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いまは出店の中身もずいぶん変わっているけれど,子どもたちの嬉しそうな表情は変わらないし、なにより、この秋祭りとは、今も昔も五穀豊穣の感謝と祈りだ。

だけど、今年は、米、茶、野菜、果物、牛乳…そのどれもが、ただ有難くいただくというわけにはいかなくなってしまった。
311以降、コップ一杯の水でさえ、いままで、あたりまえに思っていたものがそうはいかなくなってしまった。

不作というなら、来年の実りを祈り、分け合うしかないけれど、この喪失はそれでは済まない。

大人たちが学びあい、不安と恐れを分かち合い、情報交換するということなしに、子どもたち、若者たちの健康を守ることはできない。

なにか強いものを求めて依存するのではなく、お互いに助け合い、ほんとうに必要な情報を見極め,子どもの成長によりよい環境を用意できるよう、大人同士が学びあいのコミュニティをつくっていく…それは、TEENSPOSTのミッションである。

f0107724_2048827.jpg仙台文庫から出た「市民のネットワーキング 市民の仕事術」のなかで、先日お亡くなりになった加藤哲夫さん(せんだい・みやぎNPOセンター代表理事)は311直後にこう語っている。

◎主体が失われている今の時代は、主体になるための「問いかけ」が必要です。
問われているのは常に「私」・・
他者と出会うことなしに、主体である自分は起動しない。
他者の存在なしに、自分は存在しない。
社会を生き抜くための主体は,他者によって呼び覚まされる。


今朝,思い切って、あっちこっちに問いかけを投げてみた。
投げても底なし沼のように音がしないことも多いんだけど、それでも思い切って投げてみた。
すると、音が響いて返ってきた。


◎「やる」と決めた瞬間から
ビジョンが降りてきてネットワークが動きだし
事が起きるのだ。あとは、事に仕えるのみ。
それが仕事だ。



第2土曜午前のボラカフェで、「子ども・若者を被ばくから守るための学びあい」をはじめてみようと思う。
すでに情報収集している人も、 混乱しないようスルーしている人も、なんだかよくわからないけど不安な人も、…まずはそのままに分かち合えたらいい。
by teenspost | 2011-09-25 21:07 | ♪徒然Sawanism