そのスタンダード見直してみない?

f0107724_21283821.jpg3月から4月…ただひと月ちがいなのに、環境がガラッと変わって、心が揺れて、ついていけなくなる。
あー、なんだか疲れる〜

これ「あたりまえ体操」
…なんだけど、ここで自分で設定するスタンダード(基準・標準)が高い人ほど、不要な恐れや不安がくっついてくる。





自己否定感というのは、「そのままの自分はNG」と思う不全感だから、このスタンダードを高く設定してしまうのだ。


自己信頼は、「完璧でなくてもOKよ」といえる感覚だから、現実サイズで目標設定する。
とくに疲れているときや、弱っているときには、いつもより低めに設定する。


というわけで、スタンダードを高くするということは「できないこと」の幅を狭くするのに、皮肉なことに、結果として「やらないこと」を選択していく。

一挙に十段飛び上がらなきゃと思えば、飛ぶ前にひるむだろう。

まれに、クソ度胸で飛べちゃったりもするけど、持続は難しい。


一方、現実サイズで着実に目標設定すれば、達成感とともに次に歩を進めるから、「やること」を選択していく。

一段ずつ昇って行けばいいわけだし、人に助けも借りられる。


この自己否定感というものを望んで手に入れる人はいないだろう。

子どもである、年が若い、女である、・・・というだけで、知らぬ間に望んでもいないのに染み付いているものなのであって、そのこと自体には、あまり責任を負うことはない。

「最近の若者は自己否定感が強い」なんて言われて、「ああ、やっぱりダメだ」なんて自己卑下することはない。

こんなに無理を強いる世の中で、自己否定感なんて、あって「あたりまえ体操」

それを事実として認めたら、自己信頼とは、スタンダードの見直しと行動によって、望んで手に入れられるものだから。


by teenspost | 2012-04-23 21:32 | ♪徒然Sawanism