Like a motherless child

7月7日は「女性のための非暴力SPAプログラム」がスタートし、夜は「七夕ライブ」というエキサイティングな1日だった。

「女性のための非暴力SPAプログラム」は、自分自身や自分の祖先の女性たちを語ることから自分探しがはじまる。
あなたの祖先の女性たちの生育環境とは? 言語・宗教とは? 文化的背景とは?…

そういや七夕伝説の織姫の母のように、父権制のなかでは女性の存在は希薄だ。
存在感があるとしても、時に聖母か、あるいは、ダーティワークを担う鬼のような酷い存在であったりするだけで、そのリアルな姿は見えない。

いずれにせよ、自分を語らず、誰かの出先機関のような母親や祖母は知っていても、家族の中で女性が自分自身のセクシュアリティや人生を語り継ぐ場面は少ない。
学校で学ぶ歴史だって男性がなにをしたかという話ばかりだし、多くの人は、女性性を尊重したり女性の文化的継承に誇りを持つ機会のないまま育つのだ。

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ふと黒人霊歌"Sometimes I feel like a motherless child"を思い起す。

Sometimes I feel like a motherless child  時には母のない子のように
A long way from home 家から遠く離れて
Sometimes I feel like almost gone 時にはもう戻れない気がする


邦題「時には母のない子のように」(その昔、カルメンマキが歌ったのは寺山修司作詞の同名異曲)は、奴隷制度によって自分の母国語や文化から隔離されて、文化的継承を断ち切られた黒人たちが、その哀しみの中からいつか報われる日がくることを祈る歌だ。

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さて、その夜の「七夕ライブ」では、ビートルズの歌を多く使った。
ビートルズのポール・マッカートニーとジョン・レノンが出会ったのは、いまからちょうど半世紀前の1957年7月6日。
場所は教会で行われたジョンのバンドのコンサート会場。
ポールは15歳、ジョンは17歳。ふたり共、母のいない子どもだった。
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「母のない子のような」子どもままでは生き難いけれど、「母のいない子」はその喪失の分だけ、他人に出会い、創造的で自由だったりもする。



追記
昨日、愛用のメガネを亡くしてしまい、一日中探したが見つからない。
夜になって、もう一度自室を探しまくったら、買ってから一度聴いたっきりどこかに紛失してしまい探すことも諦めていたCDを見つけた。
そして一晩あけたら、メガネもあっさり見つかった。
…そんなものかもしれない。
by teenspost | 2007-07-09 08:50 | ♪徒然Sawanism