自立とフラガール

13日(土)のピアサポート塾「しあわせ学」では、障害者の自立生活運動のリーダー、樋口恵子さん&近藤秀夫さんを迎えて、いきなり近藤さんのライフヒストリーからスタートした。

家族離散を経て、わずか10歳で自活しなければならなかった近藤さんは、五木寛之の「青春の門」の舞台となった九州の炭坑で働く労働者たちが国の政策によって大きく左右される過酷な日常生活を子どもの視線でしっかりと捉えていた。
こういう原風景とは、その人の人生に大きく影響するものだ。

そういえば、先日、米国でもかつてストリートチルドレンだったマリオ・カペッキ博士(70)がノーベル賞を受賞したことが話題となったが、この日本だって、そんなに遠くない昔にストリートチルドレンとして生きていた子どもたちがいたということに驚いたという参加者は少なくなかった。

それに続く近藤少年の目からウロコの思春期ストーリーは「悪童日記」や「鉄コン筋クリート」を彷彿とさせ、ドラマチックに展開するという次回予告でますます楽しみである。

週末の余韻が冷めぬまま、週明けの今日は自立プログラム2007がスタートしたのだが、夕方から無駄にへこむシゴトがあり、帰宅してから、元気を出そうと、DVDで映画「フラガール」を観ることにした。
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東北の廃坑寸前の炭坑地帯で「働くこととは、真っ暗な炭坑で一日中真っ黒になって命がけで苦しむこと、そして、そういう男を支えることだ」と思っていた1人の母親が、家出した娘の活躍する姿を見て「あんなに明るいところで生き生きと人に喜んでもらう仕事がある…あの子らならみんな笑顔で働けるそんな時代が創れるって」というシーンがある。

今日の自立プログラムでは、親から受け継いだ「自立観」を洗い出すことから始まった。
自立に戸惑う多くは、親から受け継いだ「自立観」に縛られている。

★なんでもできて、ひとりでがんばることが自立だ★
★金銭を(どう活用するかじゃなくて)人並み以上に獲得するのが自立だ★

スピリチュアリティの断ち切れた機能不全な自立観の呪縛は強い。
っていったって、最近流行のエセ・スピリチュアリティじゃないよ!

スピリチュアリティとは、「自分ひとりで生きているわけじゃなく、人と人とのつながりの中で生き生かされている」という感覚だ。
それを失う時、自立は「孤立」となる。
近代文明は、その大切なものを見失って、一面的な達成や繁栄を強いてきた。

そういう自立観を固持する大人しか知らなければ,「自立できない」と自分を責めつつ、自立したくない若者たちが増えるのも当然だ。

映画「フラガール」の中で、初めての舞台で失態を演じる若い娘たちに、「できなくたって、お互いに励ましあうとか,助け合うとかできるのよ!」と叱るダンス教師の言葉は、スピリチュアリティに満ちた精神の大人性をあらわしていた。
そういう赤の他人の大人性のモデルに出会った時、若さという可能性は弾ける。

親の世界観の中では、自立は果たせないのよ。カメダくん!
他者に出会い、他者とのつながりを心に存在させる時、自立が見えてくる。
親の世界観が破れて、新しい次代が生まれる。
by teenspost | 2007-10-15 23:48 | ♪徒然Sawanism