花はどこへ行った?

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「花はどこへ行った」(原題 Where have all the flowers gone?)は、作者のピート・シガーをはじめ、ジョーン・バエズやPPMや、最近では清志郎やミスチルも歌う世代を超えて受け継がれてきた歌だ。
 花はどこへ行った? 少女たちがつんだ。
 少女たちはどこへ行った? 若い男のもとへ。
 若い男たちはどこへ行った? 兵士になった。
 兵士はどこへ行った? 墓場へ。
 墓場はどこへ行った? 墓場は墓場となった。
…久々その歌詞を思い起す出来事があった。

ある日、ひまわりの花が根こそぎ切りとられていたのだ。
そう、このところ、このブログに写真をアップしてきたひまわりである。

川辺の橋のたもとのただ夏草がはびこるだけの空き地に、近所の心ある方が、フェンスに沿ってひまわりを植えてくださったのだ。
そのひまわりはすくすくと伸びて、お盆前から大輪の花を開き始めたところだった。

いったい、なにがあったの?

時折、報道されるチューリップ泥棒などと同じ類いの悪戯かと一瞬思ったが、一本残らず根こそぎ刈られたひまわりの傍のフェンスには、「この土地は東京都のものです。不法に侵入した場合は警察に通報します」という警告が掲示されていた。

背丈ほどの雑草が生える空き地に、花を植えるのが、不法侵入なのか?

穏やかならぬ事情が感じられるが、真相はわからない。

それにつけても、このところ、他人の言動に寛容じゃない空気がいたるところに立ち込めている。
相手の言動を悪意にしか取れないということは、それくらい、自分自身を容赦なくいじめ管理する自己処罰の嗜癖が満ちているということだ。
それは、自分だけが正しいところに立とうとする暴力の温床だ。

日本各地を旅していると、地球温暖化のせいだけではなく、なんだかこのところ、「人間関係のオゾン層破壊」とでもいうべきか、照り返しがキツくて、他者や「自分とは異質なもの」への寛容さがなくなっているようだ。

こんなときほど必要なものは、
相手に過度な責任を問わず、自分も過度に責任を負わない、
ままならないものを受け入れる自由。
思うようにならなくてもOKな自己信頼。

ちなみに、「花はどこへ行った?」の原詩、最後のフレーズは、
When will they ever learn?
いつになったら、人は学習するのか?
by teenspost | 2008-08-23 11:57 | ♪徒然Sawanism