沖縄の雨を見たかい?

10月末、沖縄に飛んだ。
11月1日、那覇の相談職につく女性たちが企画してくれた「気持ちスッキリ元気になる研修会」では、エモーショナル・リテラシーとセルフケアがテーマ。
冒頭でテルリンこと照屋林助さんの名言「何より恐ろしいものは心の不発弾」を引用し、ふだん多忙な参加者の皆さんが楽しく自己表現する時を分ち合える場づくりをした。
クロージングではみんなで島唄を踊り、これからの旅の門出を送り出してもらった。
沖縄の支援者の心遣いはいつも心に染み入る。
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一方、そのころポール・キベルさんは川崎で開催された若いゲイコミュニティでのワークショップを大成功のうちに終え、翌日からの沖縄研修のため、羽田を発ち、最終便で那覇に着いた。

いつの時代も抑圧や差別に傷ついた少数者や女性や若者たちが、その現実に向き合うということはたいへんな作業だ。
閉じ込めてきた心の奥底から、さまざまな葛藤や行き場のない感情があぶり出されてくる。
でも、その作業なくしては、孤立したまま、つながりあうことはできない。
はかない幻想は描けたとしても、変化に導く希望には辿り着けない。

11月2日ー3日、沖縄のポールさんの2daysワークショップでは、あらためて沖縄の女性たちの内在化された性差別と家父長制への否認が浮かび上がった。
初日、なかなか言葉が出ない参加者に、ポールさんは「今日は自分を十分ケアするように」と告げて、早めに終らせた。

固く閉じた空気に、ポールさんも目をまっ赤にして、さぞや疲れたと思う。

それでも2日目は少しずつほどけていき、多くの女性が持つ自己否定感と、その元にある“からくり”が参加者の発する言葉によって少しずつ紐解かれていった。

ポールさんは本当にタフにリアルに参加者に向きあった。
あの状況であそこまで誠実に向き合える男性を私は見たことがない。
ほんとうに有り難かった。

2日間の最後にポールさんは突然私に「This Little Light of Mine」を歌ってという。
映画「コリーナ、コリーナ」の中でウーピー・ゴールドバーグ扮する主人公が女であり黒人であるというだけで差別を受けるシーンで効果的に使われたゴスペルを歌い、クロージングとなった。

今回、ポールさんと私は、関係者が用意してくれた、平和記念公園に近い海辺(かつて沖縄戦の激戦地)の民宿に滞在した。

初日の晩、夕食に立ち寄った古い民家の料理屋に、米軍の払い下げのジュークボックスが置いてあった。
懐かしい60〜70年代の曲を数曲選びつつ、あまりにポールさんと趣味が合うので、年齢は10歳ほど違うけど、海を越えて同時代に同じ曲を聴いていたのかと思うと嬉しかった。

最後に選んだのはCCR(クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル)の「雨を見たかい」。
1971年ベトナム戦争末期(沖縄復帰の前年)、「雨」という言葉に、ベトナムで投下された「ナパーム弾」の意味が込められていたため、米国で放送禁止になったという逸話もある。
当時中学生だった私は、ポールさんのように公民権運動・平和運動・女性解放運動といった大きなムーブメントの中にいたわけではないけれど、音楽を通じて確かに聴いていた。


f0107724_10175273.jpgずっと昔に誰かが言っていた
嵐の前に静けさがある
そうだよ
そのうちやって来る
嵐が過ぎ去れば そうさ
晴れの日に雨が降るんだ
そうだよ
水のように光って落ちてくるんだ

僕は知りたい 雨を見たかい?
晴れた日に降ってくる雨を

昨日も その前も
太陽は冷たく 雨は激しく
永遠に続く
ぐるぐる周り 速くなったり 遅くなったり
止められないんだ どうしてだろう

僕は知りたい 雨を見たかい?
晴れた日に降ってくる雨を

帰り道は電照菊の光り輝く闇夜の農村地帯を車は走り,翌朝、晴れ渡る沖縄の空の下、サトウキビ畑と蒼い海を眺めつつ,会場の首里へと向かった。
研修が始まると、時折、熱帯特有の激しい雨が繰り返し降り続いた。
by teenspost | 2008-11-04 12:48 | ♪渡り鳥の旅みやげ