感じる力、認める力

f0107724_15355134.jpg29日(土)NACピアセミナー開会時にサワニズム共和国から平和大使ウーピーがドレッドヘアーをなびかせて、突然登場。オープニングアクトを行った。

♪め を あけてみ〜な
♪くち ひらいてみ〜な
♪みみのあな かっぽじってみ〜な

10周年を記念してNACに捧げられたウーピーの新曲「カッポジッテミ〜ナ」は今年のエイプリルフールのメッセージを歌にしたものらしい。

その後、♪To study war no more〜(争うための勉強はもうしたくない)とみんなで一緒に「Down by the riverside」を歌い上げた後、ウーピーは南へと立ち去り、NACのメンバーはその日初めて足を運んでくれた参加者と共に分かち合いのミーティングをはじめた。

ちょうど、その日の同じ頃、沖縄本島、石垣島、宮古島では、集団自決の軍命を削除した文科省の教科書検定意見の撤回を求める大会が開かれていた。

暴力を抑止し平和をつくるには、かつての支配者の真似をしないことだ。

f0107724_1553569.gif あったことをなかったことにする、
 すりかえの言い訳をする、
 不都合な事実や傷みを引き受けない、
…否認は二重三重に自分をあやめ、他者をあやめるだろう。

だが、ときに人は支配者に似ることで力を取り戻せると勘違いすることがある。
哀しいことに、事実から目を背けて、抑圧者と同じやり方を繰り返すことがある。

そこから,自分を解き放つ道は、事実を誠実に「認める」こと、「感じる」こと、「話す」こと、「聴く」こと、それを人と共に「学ぶ」こと、「伝える」ことなのだ。

この日沖縄から発信された“大切なこと”は、家族問題からの自立と回復にとっての“大切なこと”と、しっかり重なる。
by teenspost | 2007-09-30 15:55 | ♪徒然Sawanism

f0107724_81059.jpg夕方から、アイルランド音楽を聴きに,藤沢リラホールへ出かけた。
スタジオ悠でも素晴らしい演奏を聴かせてくれる守安功さん&雅子さんと、今朝成田に着いたばかりというアイルランドの笛の名手ショーン・ライアンさんと愛娘キアラさんのコラボレーションだ。

なんでもライアン一家は、廃墟同然の古城を購入し、リフォームして住んでいて、そこは、アイルランドで最も幽霊が出ることで有名だとか。
その住人にふさわしい風貌の(?)ショーンさんの笛の音に合わせて、妖精のような16歳の娘キアラさんが目を見張るステップで踊る。
このキアラさんはダンスだけじゃなくて、楽器も万能らしく、途中、父親と笛を吹き始めた。

f0107724_23343854.jpg守安さんはいつも丁寧に曲の紹介をしてくれるのだけど、なんの解説もなく曲がはじまったとたん、うまく言葉にできない感情で胸がざわざわしてきた。

ふと気がつくと、脳裏にミャンマー(ビルマ)の子どもたちの姿がスライドショーのように流れていった。
不思議な感覚に、呆然としていると、曲が終って、守安さんが一気に語り始めた。

いまの曲は、19世紀のアイルランドで「じゃがいも飢饉」と呼ばれた大飢饉によって大勢の人々が餓死し、それでも当時のイギリス帝国の支配者たちは毎晩大晩餐会をしていた、そこで雇われたアイルランドの演奏家たちは生きるためにメヌエットを奏でていた、その当時の様子を思い起しつつ、現代の若手のハープ奏者が創った曲です…とのこと。

16歳のアイルランドの少女とその父が奏でる曲を聴きながら、私の脳裏には、ミャンマーの山奥で小さな弟をオンブしていた少年や、いま緊張状態の続くヤンゴンの街角で葉巻売りのお父さんの膝に座っていた男の子や、孤児院の少年少女たちや、シュエダゴン・パゴダ周辺の早朝の屋台で働いていた16歳の少年や、そう、2004年の光景が思い浮かんだ。

今年の8月中旬、軍政府が突然ガソリン価格を最高9倍に値上げしたこと市民の怒りが吹き出し、僧侶を中心に大規模なデモが発生し、民主化の動きが出てきたところで、予想通り、強硬な弾圧がはじまったミャンマー。
ガソリンを使う乗り物の所有は僧侶や公務員に限られているというから、さらに貧困層は怒りさえ奪われている。

f0107724_23325512.jpgこのところ日々刻々緊迫する状況が報道され、昨日は日本人カメラマンが死亡し、事務局には知り合いの台湾人女性がミャンマー情勢を憂いて12カ国語の署名キャンペーンをメールで届けてきたりもしていた。

♪* ・ 、 . * ♪ * ・ 、 . *
さて、守安さんたちのコンサートは、現代の曲と古い曲が時代を行ったり来たりしながら、すすんでいった。

帰り道に思った。
ショーン・ライアンさんは、お化け屋敷に住んでいるというわけじゃなくて、たぶん、死者の声に耳を澄ませて暮らしているのだろう。
そして、守安さんたちも、アイルランドの伝統音楽を通じて、いまは亡き人たちの感情を自らの肉体で伝えている人たちなんだろう。

すごく遠くにあるようでも、近くに感じることはできるのだ。

守安さんの最新作CDは18世紀の盲目のハープ弾きオキャロランの作品集、タイトルは「Separation of soul and body(魂と肉体の別れ)」だ。
この秋、守安夫妻とライアン父娘は、北は仙台,南は鹿児島まで、全国各地を旅する。

詳しいライブ情報、守安さんHPはこちら
携帯サイトはこちらです
by teenspost | 2007-09-28 23:52 | ♪徒然Sawanism

回転ドアのむこうに

f0107724_8483952.jpg米国の依存症回復施設では、よく「回転ドア(revolving door)」という言葉を耳にする。
転じて、「(メンバーの)激しい入れ替わり. 堂々巡り, 繰り返し, たらい回し」なんていう意味となる。

依存症・ACはそもそも「人と共に生きることが困難」という生き難さを持つわけで、それにもかかわらず、いや、それだからこそ、仲間の中に身をおくことが回復の前提となる。

それはなかなか容易なことではない。
でも、安易なことでお手軽に決着つけようとすると進行する病でもある。

この難しいことを人と共にやっていくことが、回復のプロセスである。
困難なことは、ひとりぼっちでは解決しない。

だからって、回転ドアにならないように縛り付けてしまったら、それは自助グループじゃなくてカルトになってしまうから、関わるも離れるも、本人次第なのである。
また、初めて関わろうとする人や、しばらく離れていて再び関わろうとする人には、入口の敷居は高く感じるかもしれない。

1949年に1人のアルコール依存症の女性が湖畔の隠れ処ではじめたという米国の依存症回復施設NPO「ヘイゼルデン」(写真上)は、いまや世界的に有名な施設の一つだが、回転ドアが廻り続けないように、電話の問合せに出たスタッフと同じ人が入口で出迎えをしたり、しばらく姿を見せない仲間に仲間同士が手紙を書き送ったり、回復者自身が議会ロビーで広報活動をしたり、毎日ボランティアが交替でメッセージを届けにきたり、さまざまな心遣いを怠らない。
それをするのも先ゆく仲間にとっての大切なプログラムなのだ。

f0107724_1071967.jpg1997年にTEENSPOSTから生まれた機能不全からの自立と回復を目指す女性自助グループNAC(Not Alone Club)は、この秋10周年を迎えた。←すごい!!!
今週末は東京のスタジオ悠、来週末は名古屋でピアセミナーを開催する。

親からの自立に苦悩する女性、働き方や生き方に自信が持てずにいる女性、子育てや親同士の関係にまいっている女性…、
世界中から見捨てられた1人のアル中が1人のアル中を救うように、社会や家族に傷ついてきた女性を救うのは,同じように傷ついてきた仲間なのだ。

「回転ドア」のむこうに、「どこでもドア」が広がるように、ふらっと足を運んでみませんか。
NACメンバーは、いまどうやって仲間を気持ちよく迎えられるか準備中のようです。

♪ヘイゼルデンから今日届いた言葉

Today I will remember that there are many people who are going through the same experience as I am, and I'm not alone.
今日私は私と同じ体験をしている人がたくさんいることを思い起そう。私はひとりぼっちじゃない。

I can reach out to others when I'm ready; I will find other people who will understand. I can attend a support group, call a hot line, or keep telling myself, I'm not alone. I'm not alone. Just knowing this makes me feel better.
私の心の用意ができたとき,私は他者に手を差し出すことができる。私は理解してくれる他者を見つけるだろう。私はサポートグループに参加し、電話で相談し、自分を語り続けることができる。私はひとりぼっちじゃない。私はひとりぼっちじゃない。それを知るだけで、私の心は安らぐ。

But if I break the silence and tell someone I trust, I feel even better.
もし私が沈黙を破り、信頼できる誰かに話すことができるなら、それだけで私の心は安らぐのだ。


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NACピアサポートセミナー
◎東京 9月29日(土)1:00〜@スタジオ悠→詳しくはこちら
◎名古屋 10月6日@名古屋市男女平等参画センターつながれっと →詳しくはこちら
f0107724_1081494.jpg自助グループに関心があるけれど、よく分からない、という方のために、NACのメンバーが公開ミーティングを行う一日です。
希望者には午前11時より仲間による相談会(ドロップイン)もあります。
●先ゆく仲間からのメッセージ
●体験ミーティング
その他、楽しい企画を用意して待っています。
女性の生き難さを救えるのは、シスターフッド=女性同士の力です。
by teenspost | 2007-09-26 08:57 | ♪スタジオ悠々日記

親の責任?

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キリン●先日、新聞広告に「子どもの歯並びは、親の責任です」というコピーがデカデカと出ていたよー。

ラクダ●やれやれ、歯磨きのCMで「お母さん、子どもの歯の健康はお母さんの責任です」という強迫コピーが出ていたのは、もうずいぶんも前のことだが、今度は「歯並び」かい。

キリン●あー、人間じゃなくて良かった。人間だったら、おちょぼ口直して、前歯引っ込めて、首を短くする矯正をしろとか言われるんだろうな。

ラクダ●あたしなんか、整形美容外科とかでコブを取られたり、シリコン入れられたりとかね。そうじゃなくても見ず知らずの無責任な人に「あんたの責任!」なんて責められたくないね。


人間社会じゃあ、そんな会話が成立しないほど、やれ、歯並び矯正は、国際人としても、知的水準の高さを示すスケールだとか、したり顔で発言するものまで登場し、国際人とか,知的水準というものがなにかはまったく問わずして、ひたすら悪い予言で脅かす手口は後を絶たない。(映画「チャーリーとチョコレート工場」に出てくる歯列矯正器具をつけていた少年ウォンカがオーバーラップする・・・)

思い起せば、乱塾時代などと言われた1970年代後半から、こういう暴力の連鎖が平気でまかりとおり、今日の想像を絶する親子関係や事件につながっているのだ。

そう、そう、いつだって、親向けに不安を垂れ流して、不要な罪悪感を抱かせ、子どもをネタに稼ぐ“追い込み網漁法”は、親を追いつめ、子どもを追いつめてきた。

教育バブルがはじけると、今度は体型・容姿から感性へと魔の手が及んでいるらしい。

なにが教育に悪いって、こんなに知的境界線(情報を鵜呑みにせず、自分の感性をもとに選択決定する力)を破壊する情報操作ほど教育に悪いものはないだろう。
それとも、「対話せぬまま適応する従順な人間」を作りたいのか?
・・・などと話したりすると、「そういうふうに言われなければ分からないし、分かってもなお不安です」という反応が返ってきたりする。

はーーー、過剰適応と上昇志向の果てにあるものは、空虚さだけなのに、不安を消し去ろうと情報に乗っかるほど、不安は増し、親の「責任」と「罪悪感」は募っていく。
他人は比較の対象となり、関係が切れて孤立する。

f0107724_233933.jpg青木悦さんの新刊「なぜそんなにまわりを気にするの?」が届いた。

「・・・もっと威勢良く、元気のでる本を書きたいと思いました。ただ、私にとってこの本は、けしつぶの最後のつぶやきのように思って書かれたものです・・・」(まえがきより)

これまで沢山の子どもの事件を子どもの視点で取材し、自分自身の子ども時代の家族の暴力を語りつつ、今の子どもたちの現実を想像しては眠れない夜を過ごし、各地で講演活動を続けてきた悦さんの新刊は、わけのわかんない魑魅魍魎の言葉に乗っかって、「親の責任」なんてものを背負い込んで、罪悪感に酔い痴れ、「自分の責任」も「子どもの責任」もないがしろにしている大人のための解毒剤だ。

「親の責任(罪悪感)」に中毒している人、ヘンだなと思いつつ流されそうな人、無力感いっぱいで途方に暮れている人、やり場のない怒りを抱えている人・・・。
「次の世代への責任として書いていこう」という悦さんのメッセージをしっかり受け取ろうではないか。

親の責任とは、過剰で不要な責任を背負おうことではなく、迷いながら間違えながら不安を抱えながらも、子育てを通じて、人と共に自分を生きてくことだと思う。

本についての詳細はこちら>>
by teenspost | 2007-09-21 23:13 | ♪徒然Sawanism

空気を切る音

15日、16日は「町田エイサー祭」
毎年、姉妹都市の沖縄市(コザ)の青年会がやってくる。
今年は、「東青年会」の登場だ。
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昨日は午後のプログラム「アサーティブ・ラボ」が終るやいなや、駆けつけて、
今日は今日で、朝一番から炎天下の路上に陣取って、連日の追っかけである。
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エイサーは、送り盆の時に下界に彷徨ってしまう悪霊を払うため、十代から二十代前半の血気盛んな若者が太鼓を打ち鳴らし,村々を練り歩く芸能だ。
思春期の暴力性を見事に芸能に昇華させ、若者のエネルギーが地域コミュニティに受け入れられ活かされているわけだが、最近では、薬物依存症回復施設のプログラムとしても活用されている。

以前、沖縄市の高校で暴力予防プログラムをやったときのこと、後で胸に染み入るような感想を届けてくれた青年たちがいて、エイサーをやっているということだった。

沖縄の公民館はそういう若者たちがエイサーを練習する居場所になっていて、地域の引っ越しの手伝いや、サンタクロースの代行まで社会活動を広げる青年会もあるときく。
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今日も町田には全国各地のエイサーがやってきたが、やっぱり本場、沖縄の若者たちの音はちがう。

長年エイサーに魅せられたある人は言う。
「彼らは他界からの“気”を円陣の中に下ろす・・・」
「太鼓を叩いているのではなく、空気を切っているような感じ」と。

そう、邪気を切ることで、リズムが生まれ、生々しい生命の律動が地の底から響いてくる。
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by teenspost | 2007-09-16 18:20 | ♪徒然Sawanism

今週末の土曜午後はひさしぶりの「アサーティブ・ラボ」です。

f0107724_032589.gifアサーティブはダンスと同じ。踊ってみなければわからない。
あたまじゃなくて、からだで習得していくもの。
自分がいつも被害者に思えるときにも、気がつくと同じステップを繰り返し踏んでいる。
だから、新しいステップを練習してみる。
自分も相手も大切にできる新しいダンスを踊ってみよう。

そうそう、特にね、
「なにが原因なんだろう?」
「なにが悪いんだろう?」
なんて、原因探しとそれを取り除くことに明け暮れていると、
ますます眉間にシワよせて「問題モード」にとっぷり浸かってしまうんだ。

変えられないものばかり,変えようとしたり。
「どうして、アタシはいつもうまくいかないの? こんなに一生懸命やっているのに…」と言いつつ、いつものパターンを繰り返したり。

だって、どんなに一生懸命だって、同じステップじゃ、同じダンスになるでしょう。
ブレイク・ダンスはイケても、コミュニケーションをブレイクするのは哀しい。

アサーティブ・ラボは、いわゆるSST(ソーシャル・スキル・トレーニング)です。
→参照:べてるの家のSST

f0107724_2221815.gifつまり、「問題モード」じゃなくて、「解決・回復モード」なんです。

「私はどうなりたいの?」
「ラクになるためにできることは?」
「どんなときに、ラクだった?」

ほら。そう問いかけるだけで,変えられるものが見えてくる。
あとは、仲間の中で勇気をもらうだけだがね。。。
ダンス、ダンス、ダンス!!!
♪チントンシャンテントン 、チントンシャンテントン・・・
あらっ?
by teenspost | 2007-09-13 22:23 | ♪スタジオ悠々日記

この素晴らしき世界

台風九号が関東地方を吹き抜けた7日、北上を続ける台風を追い越して、北海道千歳空港に到着したのは夕刻だった。
その後、台風は函館に上陸し、一晩吹き荒れて、翌8日にはオホーツク海へと抜けたらしい。

台風の影響が心配された北海道伊達赤十字病院でのワークショップ第一日目。
会場となった病院最上階からは、どんより垂れ込めた台風雲の隙間に晴れ間が見えてきた。
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f0107724_2115340.jpg毎年恒例となったワークショップには、精神科医、看護師、保健師、心理士、福祉士、養護教諭…さまざまな人が集まる。
今回は依存症に関わる援助職に欠かせない「怒りの対処とセルフケア」をテーマにした非暴力SPAプログラムだ。

まずは安全な場所をイメージするドラマづくりからはじまり、怒りが機能的に表現される時と、機能不全に陥る時のそれぞれをロールプレイで体感する。
午後からは、それぞれの怒りをオブジェとして造形し、遊びながら紐解いていく。

あっというまに、夕方。
夕焼けの向こうに、晴れ渡る2日目が見えてきた。
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2日目は清流沿いの野山を散策。
たわわに実るナナカマドが、青空を背景にオレンジ色に輝いている。
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ふだんストレスフルな現場で頑張っている人たちも、自然の中で五感と第六感を携えれば、「ただの私」に戻って、安全な居場所を見いだしていく。
そこで見つけた「自分の強み」「味方」「希望」「夢」「信頼」を持ち帰り、怒りのオブジェとともに再構成し、それぞれの物語を分かち合う。
さらに、仲間のオブジェと合わせて作品を創り,会場はギャラリーとなった。
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昼食後は「Let it be」を歌い、「シアター伊達名画座」のはじまりはじまり。
個々の心に残る映画をモチーフに、情緒豊かに花開き表現された4つの創作劇が生まれ、さらに仲間をエンパワメントするオムニバスとしてつながった。
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それぞれの違いがなんら不都合ではなく、分かち合い,支えあい、創造的につながりあう世界。
他人がいるからこそ、実現するゆたかな世界。
そこでは、だれもが暴力から自由になれる。
それは、夢でも幻想でもない。現実のもの。

帰り道、駅まで送ってくれた精神科医長Tさんの車の中で「*What a wonderful world(「この素晴らしき世界」)」が静かに流れていた。

札幌行きの特急に乗り込むと、伊達の仲間たちがいつまでもいつまでも手を振って見送ってくれた。
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(病院から望む伊達の海の遥か向こうは函館。駒ヶ岳のシルエットが映る)

f0107724_931941.jpg*What a wonderful world(「この素晴らしき世界)」
ジャズシンガーのルイ・アームストロングが戦場に向かう兵士に歌ったといわれる

緑の木立を愛でる、赤いバラの花も
あなたと私のために  花開き実るのだ
私は自分で思うんだ
世界はなんて素晴らしい

青い空を眺め、白い雲も
明るい恵みの日も
暗い聖夜も
私は自分で思うんだ
世界はなんて素晴らしい

空に架かる虹の色は
なんて美しいのだろう
出会う人たちの表情も
はじめまして、と握手する友だちは
愛しているよと言っているんだよ

赤ちゃんの泣き声を聴く
育ちゆく子どもの姿を見守る
子どもたちは沢山のことを学ぶ
私が知っている以上のことを
私は自分で思うんだ
世界はなんて素晴らしい

by teenspost | 2007-09-10 21:19 | ♪渡り鳥の旅みやげ

橋をかける

ただいま、台風9号接近中。

雨風の強い中、今日は午前中RET講座に参加する女性たちが遠くから足を運ぶ。
窓ガラスに打ちつける雨音は次第に激しくなるけれど、スタジオ悠の中は穏やかな分かち合いの時間が流れている。

夕方から関東地方は暴風圏に入るというネットニュースが流れる中、夜のNACミーティングにメンバーが三々五々足を運んでくる。

「この台風じゃ、みんな来れないんじゃないかな。無理しないで,早く帰るといい」
そう言いおいて、ひと足先に帰宅したものの、その後のことが気になってスタジオ悠に電話をかけてみた。

すると、なんと、それからも数人のメンバーがやってきているという。

結局、この雨の中、仲間の車に同乗したり、仲間と一緒に帰路についたりして、いつもより早めに切り上げたものの、ミーティングはしっかり終えたそうである。

どうやら、NACのメンバーは、この台風の夜に「橋をかける作業」をしたようだ。

どんなに強固に自分を守るための壁をつくっても、それは他人を受け付けない孤立を招くだけだろう。

雨風の強い夜こそ、ひとりぼっちで壁を打ち立てるよりも、仲間と橋を架ける方がいい。
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by teenspost | 2007-09-06 21:21 | ♪スタジオ悠々日記

No Woman No Cry!

9月1日 晴れ  ハマの赤ちゃん日記より

今日はママと横浜市体育協会へ行ったバブ〜
0歳〜1歳児の母親のための連続講座なんだバブ〜
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ママたちは「こころのマッサージ」と題したワークセミナーを受けている間、
僕たちは別室で地域の保育ボランティアさんにめんどうをみてもらったんだバブ〜

一歳児までは1人に1人ずつボランティアさんがつくんだバブ〜
生まれて初めてママと離れたお友達もいたんだバブ〜

スポーツ支援課が「子育て支援」をするって、面白いバブバブ!
担当の職員さんは3歳児を持つ女性で、まさに自分自身の暮らしの中から企画された事業だバブ〜

ママたちだって、ひとりぼっちじゃ、やっていけないんだバブ〜
いっぱい他人に出会い、他人の力を借りて、ヘルプを求めてね。
初めての子育てで、毎日一生懸命で大変だから、こういう社会的サポートをたくさん得て、一息ついてほしいんだバブ〜

僕は泣くのがお仕事、泣くのが大事な自己表現だけど、ママはひとりぼっちで泣かなくたっていいんだバブ〜
by teenspost | 2007-09-01 22:24 | ♪徒然Sawanism