心の中に棲む他者

今日は沖縄の慰霊の日。
今年は梅雨明けが早いようで、沖縄諸島からは、連日の暑さが伝わってくる。
いまひとつ晴れないどんよりした東京の空を見上げつつ、沖縄の空と海を心に描くとき、つかのま清々しい気持ちになる。
そういえば、どうしているかなー?と、沖縄に暮らす友人・知人の表情を恋しく思い浮かべる。
そんなとき、心の中に棲む他者が、時に萎えたり縮こまりそうな私の心をぐーんと内側から支えて押し広げてくれるようで、力強い。ありがたい
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沖縄の新聞、琉球新報社が、先日県内の大学生(505人)を対象にアンケートを実施したところ、「米軍基地があることで戦争への不安を感じることがあるか」という質問に対し76・24%が「ある」と回答したという。詳細はこちら

心の中に棲む他者と、次代の声に耳を澄ませたい。
Think PEACE, Act PEACE, Spread PEACE.
写真:沖縄本島 読谷村 残波岬
by teenspost | 2010-06-23 15:52 | ♪徒然Sawanism

カイホー♪

カイホー♪カイホー♪ターンタラッタッタ♪
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39号できましたー!!

今回も中身濃ーーーーーい!!
会報の編集はさとちゃんが丁寧に文字校してくれた後に、Hippy君が装丁まですべてやってくれました!

Hippy君は、知る人ぞ知る、赤い電動車イスで疾走しているチョイワルな乙女座の町田の有名人。
お隣の障害者自立生活センター「町田ヒューマンネットワーク」の代表を経て、新しいNPO法人がんこネットを立ち上げました。
先日のTEENSPOSTセミナーの会場で見かけた方もいることでしょう。

はい、ここでジェネレーションギャップを埋めるべく、ことばのお勉強&解説です。

hippyとは?
【名 詞】ヒッピー(族):既成の文化政治性秩序からの完全自由を求めた1960年代から70年代の若者.
HIP=(進んだ)+-ie(人)が語源。

髪やヒゲをのばしっぱなしにし、ナチュラル素材のシャツに、洗いざらしのジーンズ、素足にサンダルというヒッピーのスタイルは、サンフランシスコの貧困地域での黒人解放を求めるムーヴメントがきっかけで誕生したといわれ、愛や平和、自然への回帰をテーマにした若者世代の主張として、音楽やアートを通じて全米の若者にひろまりました。


で、こちらのHippy君は、そのだいぶあとの80年代の町田で、「障害者は・・・・でしょう」という人々の思い込みや社会システムにチャレンジし、ヒッピーファッションをトレードマークにバンドを結成し、障害者の自立生活運動のリーダーとして活躍してきたわけですが、編集後記に次のように記しています。
「TEENSPOSTのことは、悩める十代のレターカウンセリングをしている団体と思いきや、知っているつもりで全く知らなかったなー。…年齢層の広いこと、実に多岐にわたり様々な問題を提起し、それを深く切り込むような誌面に圧倒され…」と。

そのヒップな会報39号は、ニューズレター、悠カレンダーとともに、会員のみなさまのお手元へもうじき届きます。
どうぞお楽しみください!
by teenspost | 2010-06-11 23:18 | ♪スタジオ悠々日記

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近藤さんがひょっこりとスタジオ悠にやってきたのは、5/29の午前11時ちょっと前のこと。
朝の五時に高知の安芸市にある自宅を出て、高知空港から飛行機に乗り、羽田から町田に直行したというが、隣町から訪ねてきたのかと思うほどいつものとおり淡々としている。

1935年生まれで、一家離散の後ストリートチルドレン(当時は浮浪児と呼ばれた)をしていた近藤さんは、15歳の時、炭鉱の事故で脊椎損傷となり、あと3年の命と医師から宣告されるが、「あと3年もベッドの上で三食不自由せずに生きられるのか!」と安堵したという。

「自分は小学校もろくに出てないからね」と言いながら、編み物から住宅設計から車の運転からパソコンまで、たいていのことはすいすいこなす。

今回も、午後のTPセミナー「ココロもカラダもバリアフリー」(写真上)でパートナーの樋口恵子さんとバリフリー建築家の吉田紗栄子さんの二人が使用するパワーポイント資料をつくってきてくれた。
それは、楽しみながらつくったことが良くわかる、その喜びが伝わるプレゼンテーションだった。
f0107724_724548.jpg近藤さんは学校では学べなかったが、いつもリアルな現実から学び取る感性と自由な発想を自分の中に保ってきた。

バスケット選手としてパラリンピックに出場、フルマラソンを走り、20年間町田市の福祉ワーカーを勤め、いまも長崎、沖縄…と各地の自立生活センターづくりに飛び回り、現在、三軒目のバリアフリー住宅を高知に構え、海と山を望むウッドデッキでパートナーの樋口恵子と食事を楽しんでいたりする。

近藤さんのような人を見ていると、あらためて子どもにとっての家族や学校の意味を問わざるを得ない。
時に「子どもの保護」という名の元に、学校教育や親のしつけというものは、子どもたちが本来持つ柔軟さに固定観念を植え付ける。
そこに一元的な評価、優劣のものさしが加われば、可能性はがんじがらめに縛られる。
「これができなきゃダメ」と抑圧する者に評価され、従い続ければ、自然な発達は止まってしまう。

その結果、「自分は不十分だ」という自己否定感や、「あれがないから、これがないからできない…」と「できない理由」ばかり探す不自由な思い込みを積もらせていく。
なにがハンディキャップって、こんなに重い障害はないだろう。しかも目に見えないし。

人には学ぶ場と機会が必要である。

近藤さんは、障がい者、当事者運動の歴史を振り返るとき、「僕たちはいつも裏切られてきた」と語ることがある。
それは「裏切られてきたから価値がない」という意味ではない。
その言葉の中にはいつも「裏切られた者の中にこそ専門家はいる」という自己信頼が込められている。

もうすぐ発行する会報には、近藤さんのトーク「しあわせ(福祉)学」の最終回が掲載される。

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by teenspost | 2010-06-02 07:32 | ♪徒然Sawanism