霊を慰める日に

f0107724_12101128.jpg6月23日は沖縄慰霊の日。
毎年、このブログに書いてきて、今年も心にかかりつつ、なかなか言葉にならなかった。

311以降、言葉をこえる現実に日々直面しているからかもしれない。

ならば、言葉を待つより、行動だ。

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先日、十代向け脱暴力テキスト「Making the peace リアルとトルースの物語」を、沖縄本島南部の八重瀬町教育委員会のリクエストにお応えして、全中学生分、そして全教員分をお届けさせていただいた。

「現場で十分活用してもらおうと、研修会を予定しています」とのこと。ありがたい。
なにより、この地の子どもたちに、この本を届けられて本望だ。

f0107724_12103569.jpg八重瀬町は、太陽があふれ、見渡す限りのサトウキビ畑の先に海を眺め、夜には電照菊と星空が広がる。

だが、24万人以上の人々が命を落とした沖縄戦の激戦地のひとつ。
「沖縄全戦没者追悼式」が行なわれた平和祈念公園にほど近い。

つい先日も米軍の不発弾がみつかり処理がなされたが、今は亡き沖縄のエンターテイナー&心理療法家、照屋林助の名言に「怖いのは心の不発弾」というのがある。

心の平和から脱暴力を求めた、この本の内容をさらに吟味して、新しい本づくりに心を注いでいくつもりだ。


慰霊の「慰」という漢字は「くしゃくしゃになった心を丁寧に開いて延ばす」という意味だという。

過酷な戦争という暴力の中で小さく縮められてきた沢山の人々の気持ちがどうか解き放たれますように。

解き放たれた御霊は、子ども・若者たち、次の世代へと受け継がれますように。
by teenspost | 2011-06-24 12:30 | ♪徒然Sawanism

「よく20年も続きましたね。信じられない」と言われる。
一番,信じられないのはこの自分だったりする。
が、気がつくと、開設20年。

今いるビルは2軒目のスタジオ悠なのだが、今月末で12年目の更新を迎え、先日,不動産と大家さんから「沢山の会社・事業所が入っているけど、おたくが一番長い居住者です」と言われた。
うーん、これまた信じられない。

振り返れば、日本でもまだNPOなんてものの存在がまったく知られていない頃から、NPOの事業デザインで、しかも、今でも一般的にほとんど通用しない「社会モデル」で運営してきた。

そこでキーワードとなったのは「自立」と「自発性(voluntary)」だ。
voluntaryには、【自発性、ボランティア、自由意志、任意、自由演技、即興曲…】 深く広い意味があるが、
そう、だれにいわれるのでもなく、あったらいいな、というものを何もないところから人と一緒に楽しく創ってきたわけだ。

そうして運営してきたのが「依存をあおらない相談・自立支援事業」・・・って、これが口で言うのは簡単だが,やるのはほんと苦悩と葛藤の連続。

人と一緒に楽しく苦労してきたわけだね。

でもね、長くなってくるとね、まあ、いろいろあるね。
特に、この数年は、もう勘弁してくれ〜と隠遁したくなるほどの激震の連続。

f0107724_23115375.jpgそんなとき、最近読んだ本で、田中優さんの「幸せを届けるボランティア 不幸を招くボランティア」、これが面白かった。

ご存知、田中優さんはこのところエネルギーシフト問題で全国各地引っ張りだこのようだけど,この河出書房の「14歳の世渡り術」シリーズの一冊は、著者のライフストーリーと体験から、十代と若者世代に向けて記されたもの。
読みながらTEENSPOSTの20年の歩みを確認しつつ、とても勇気づけられた。

タイトルにもある「不幸を招くボランティア」とは、際限なく依存心の強い人を生み出す一方で、依存されることで充足するボランティアのこと。
共依存関係である。

阪神淡路大震災での災害ボランティア体験の現場を振り返って、田中優さんは言う。

「心理的なサポートは必要だが,過度な干渉は人々の自立心を妨げてしまいがちになる。
…だから、あえて嫌われても、被災者自身が自分の力で生きていくための方策を選択せざるを得ないことがある。
相手のこと,相手の今後の暮らしを考えれば考えるほど、ボランティア活動の作り出す依存関係に注意しなければならなくなる…
援助は必要な人たちに必要な間だけすべきものだ。
いつまでも続ける支援活動は健全なものでない」と。

災害支援も子育ても、自立支援とは、「手をかける」ことより「手を放す」ところに正念場がある。

さて、明日は渋谷の代々木八幡にある美容室で、シネマミーティングをやる。
私はミニトークをさせていただくことになっている。
店主カップルは北海道出身で20代、もうじき第一子が生まれる。
以前,タイ映画「デック 子どもたちは海を見る」のチャリティ上映もしたことがあるのだが、美容室でイベントするというのは、なかなか素敵な幸せを届けるボランティアだ。

また、ちょうど同時刻、スタジオ悠では秋に開催予定の「TPまつり実行委員会」第一回が開かれる。
こちらも、人と一緒に楽しく苦労する「幸せを届ける素敵なボランティア」になりますように。
by teenspost | 2011-06-17 23:29 | ♪徒然Sawanism


f0107724_2127344.jpg朝目覚めてカーテンを開けたら,ベランダに置いてあった紫紺野牡丹に新芽と若葉が出ているのを発見した。

何度か、このブログでも紹介しているが、紫紺野牡丹は米国の暴力予防教育家ポール・キベルさんの自宅のシンボルツリーだ。

毎年、夏から秋、霜が落ちるまで、紫紺の花を楽しんでいるのだが,日本の気候では、残念なことに一月末には枯れてしまう。

その枯れ木をそのまま一番温かいところに野ざらしにして冬越ししたのだった。

・・・ということはひょっとして、あれも??

実は、スタジオ悠がオープンした1997年の春、樋口恵子さんがプレゼントしくれた観葉植物、ミルクブッシュが、天井まで届くほど大きく茂っていたのに、今年の冬に出張から戻ってきたら、すっかり萎れて元気をなくしていた。

その様子に涙が出るほど可哀想で、そのまま置いておくのもつらくて、ピンクのやわらかい和紙で包帯のようにくるんで、毎日言葉をかけて撫でて一番温かい窓際で 手あてしていたのだ。

それから震災があり、慌ただしく3月と4月は過ぎ、季節は初夏に変わり、ある日、思い切って、鉢ごとビルの裏手に運び、天の雨にさらすことにしたのだった。

一週間前に様子を観に行ったときには、相変わらず、なんの変化も訪れず無惨な枯れ木のままだった。

そして、自宅の紫紺野牡丹に若葉が出ているのを発見した今日、人が1人入るのがやっとのビルの裏手の隙間にいってみた。

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そしたら、あったよ! あったよ! 愛らしい新芽が出ているじゃないか!

思わず嬉しくて一人で飛び上がった!

枯れたように目に映るものの中にも、どんなに弱っているものの中にも、命はちゃんと宿っている。

その命の力に畏敬の念を抱きつつ、ティク・ナット・ハン(ベトナム人の禅僧。詩人)の言葉を思い浮かべた。

バラの花はバラではないものによって創られる。
水、太陽、ミネラル…つまりバラは自分だけでは咲けないのだ。


そう、紫紺野牡丹もミルクブッシュも枯れたように弱っていても、その中からかけがえのない崇高な命の力を産み出す。
けれど、それだって雨や空気や太陽やたくさんの“自分以外の存在”に生かされているのだ。

311から明日で3ヶ月。
日本各地で、いや世界各地で、さまざまなイベントが準備されている。
被災地の復興のために、日本中の人々が心のエネルギーをシフトさせたい。

追記:
夕方、石垣島の高校生と保健師・養護教諭によるNPO「ラブピアプライスやいま」から、かねてより応援していた某財団への助成金申請が通った!という朗報が入った。
やったね!
by teenspost | 2011-06-10 22:09 | ♪徒然Sawanism

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ゆうべ(6/2)の「べてる式 当事者研究ライブ」、年齢性別居住地もさまざまな人々が十数名集い、スタジオ悠は賑やかな研究の場となった。

振り出しは2007年、4年前の6月に北海道浦河のべてる祭に出かけていって,そのレポートを「Not Aloneフェスタ」で伝えたことにはじまる。
八月の「not alone フェスタ」の会場では、「華麗なる機能不全一族」「不幸癖の回復七福神」「私の中の双子のいじめっ子 金さん銀さん」という3つのテーマの大研究が発表され、大爆笑の嵐だった。

それ以前にも、TEENSPOSTでは、レターカウンセリング、プレイセラピーといったナラティブセラピーや、RET講座をはじめとする認知行動療法を取り入れ、それが定番プログラムとして根付いていたから、べてるの家のナラティブセラピーや認知行動療法の実践には共感するものが多かった。

1990年代から世界的にナラティブセラピーや認知行動療法は注目されてきたわけだけれど、どんなにいいものでも、それをどういう関係性の中で、どんなふうにやるかによっては、まったく別物になることもある。

実際、「認知行動療法? あー、あれだけは勘弁してくれ」という人が沢山いることも知っている。
まあ、そういう人は、どっかでヒドい目にあっているわけだね。

TEENSPOSTでは、ネガティブなセルフトーク(自分自身を責める声)を「私の中のいじめっ子」と呼んできたが、べてるでは、それを「お客さん」と呼ぶ。
こういった当事者主体の解りやすく笑いながら癒していくスタイルは、慣れ親しんできた共通項である。

そうはいっても、べてる生まれべてる育ちの向谷地宣明さんが「元祖べてる式ライブ」を3ヶ月おきにスタジオ悠に運んでくれるようになるなんて思ってもみなかった。
縁とは不思議なものです。

ナラティブセラピーは、メンタルヘルスの社会運動とも言われてきた。
かつての精神分析に代表されるような、いまだにカウンセリングというと専門家がクライアントの心理を読み解き分析するものだと思い込んでいる人は少なくない。
そんなことされたら、ホラーの世界でしょうが。。。おー、コワっ!!

ナラティブセラピーでは「自分の専門家は自分である」ということと、「問題と人格を分ける」ということを大事にする。

まあでも、この「問題と人格を分ける」ということが、個人レベルだけでなく、組織や国政こそが、ほんとにどうにもできずに、こんがらがって、巨大にからみあって、混乱し、ドツボにハマってドッピンシャンで、抜けられずにドンドコショ、となって、“あたりまえの苦労”を投げ出しているのが、現在のニッポンである。

泣くのはいやだ笑っちゃお♪ どっこい生き抜く“自分の助け方”を共に研究するのだ!!

次のべてる式ライブは、9月7日(水)の夜。
8月末のべてる祭の直後に開催の予定。要チェック!!
by teenspost | 2011-06-03 23:26 | ♪徒然Sawanism