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今日は午前中,玉川学園でアレクサンダーテクニークのセットアップをしたあと、午後のプログラムの準備のため、一駅電車に乗って町田駅でおりた。

いつもより賑わう街は給料日あとだからかな、歳の暮れだからかな…なんて思いつつ、商店街を歩いていると、浄運寺に酉の市が立っていた。

そうか、今日は、1年の無事に感謝し、来る年の幸を願うお酉様か。

いろんなことがあったこの一年。
身も心も浄化して、新しい幸運をお酉様の熊手でつかみたい。

それは日本中、皆の願いだと思う。

幸運は、じっとしていたらもらえるものではなくて、いただく気持ちを持つからこそ手に入れられる。
【もらう】というのは、受け身ではなく、自分から他へはたらきかける能動だ。

そう考えれば、どんなときも、今日一日は、【もらう】ことの連続だ。

そうして、手に入れたものは、独占するのでも抱え込むのでもなく、人の人との間で分かち合いたい。

不要なものを手放して、未来のために、今ここで、もらいたいものはたくさんある。


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サポート会員の皆様へ

もうじき発行の会報、北海道から沖縄まで全国各地から原稿が届き、ただいま、編集局ヒッピー&サワンは、せっせと編集中です。
今号も面白い記事が続々。。。

毎年12月の第2週には発送していますが、今年は、出張プログラム、イベントと人手不足が重なり、印刷・製本・発送の遅れが懸念されています。

なんとかクリスマスには全国の会員に届けられるよう努めますが、12月にはいりましたら、ぜひ、お手を貸してください。
皆様にもお忙しい師走のことと思いますが、お力添えいただけると助かります。

現在のところ、
12月6日(火)と12月8日(木)のいずれも午後、
12月10日(土)を予定しています。
また、それ以降、1時間でも、ご都合つく日があれば、事務局までお知らせいただけるとありがたいです。

詳細は随時twitterやブログ、HPなどウェブ上で流します。

ご協力、よろしくお願いいたします。




by teenspost | 2011-11-26 22:40 | ♪徒然Sawanism

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この季節、急に秋が深まって、冬の足音が聴こえてくる。

もうすぐ恒例のTingosクリスマスライブかあ。

2003年のクリスマスに歌い始めてから、みんなで集まって歌い、いろんな方に聴いていただくうちに、あっという間にレパートリーは10数曲となり、今年も「2時間で収まるかなー」なんて、ステージ構成で心配するほど。

歌なんて一人で歌おうと思えばいくらでも歌えるのに、一人ぼっちでこんなに沢山の歌を覚えられはしない。
他者と一緒に歌い続け、他者に耳を澄ませてもらう、そのコール&レスポンスから、心の通う歌声が育っていく。

家族関係も同じかもしれない。

家族って、難しい。
関係が、しんどい。

そう思うほど、“この世には軽々とラクに関係をつくる恵まれた家族がいるはずだ”と家族への幻想をふくらませたり、
「◎◎のせいで、自分は苦しいのだ」と誰かのせいにしたり、
自分1人でなんとかしようと自己完結を目指したり。

その先に待っているのは、「ディスコミュニケーション」という結末。

関わらなければ“波風は立たない”けれど、凪いだ関係は、自分にも相手にも“壁”となって立ちはだかる。

関わることは、思い通りにすることではないけれど、関われば、かならず変化が起きる。
大波小波も、それなりに楽しめる。

バリヤーやブレーキとなっているものを一つひとつほどきながら、まずは一番身近な他人、自分自身と関わってみよう。

「Noということ」や「怒り」を押し殺していると、日々が「しんどい」「辛い」ことばかりに染まるだろう。
「好き」とか「楽しい」とか、肯定的な感情が認められなくなるだろう。

「好き」というのは、関わっていく感情。
「楽しい」というのは、解放してくれる感情。

自分自身から開拓してみたら、
変えられなくたって,変われるんだ!

>>>>11月26日(土)より「家族関係ケアリング講座」

写真上 : コミュニケーションやセクシュアリティのプログラムをするときにと、北海道の仲間たちから贈られた、板カルタにおかめとひょっとこがついているアクセサリー(お守り)。
板カルタは、極寒の北海道を切り拓いた屯田兵たちが厳しい日常生活の中で娯楽のためにつくった開拓期の民俗文化。
当時貴重だった紙に代えて、白樺の木を削り、板で作ったものが受け継がれたという。

by teenspost | 2011-11-18 22:31 | ♪スタジオ悠々日記

スチジオ悠のプログラムに参加する方の保育サポートとしていつもお世話になっている「町田こひつじ保育園」の造形展にプログラムの合間のお昼休みにうかがった。
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造形表現活動の長年の取り組みで有名な町田で最も古い保育園。

市内の小学校で図工の時間に自由に表現する子どもがいると、「きっと、こひつじ保育園の出身だね」という会話が子どもたちの間で自然に交わされるという話を耳にするほどだ。

子ども期に評価と無縁のアートの世界を知ることの意味は大きい。

絵画、造形、歌唱、スピーチ…と、子ども時代の集団生活の中で評価されることによって苦手意識やコンプレックスを抱く大人は少なくないが、それが人間の表現活動を人間関係とともに育てる本来の「表現教育」とは別物だということに気づいて、自己表現を回復しなければ、次の世代にも同じことを繰り返してしまうだろう。

7月からネット上でポール・キベルさんの著書「Boys will be men」の翻訳テキスト読書会をサポート会員有志で続けているのだが、若者たちの暴力を抑止し、愛と思いやりを持ってあらゆる生命と相互依存する多文化共生社会ために著されたこの本には、次のようなくだりがある。

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若者は文化活動に参加することで、伝統文化を共有する人や若者文化を共有する人とつながりながら、交流の場を広げる。
ビジュアルアートや、表現活動、詩、創作活動、ダンス、キルティング、落書き、音楽はどれも人間が持っている創造力の表現だ。
それらは私たちをワクワクするほど元気づけ、癒し、回復させ,結びつけ、何かを伝えてくれる。

少年たちは、もしかしたら孤独で自己表現を押し殺しているかもしれない。
でもペン、筆、ペンキ、ドラムやギターを持たせたら、その場で自分を表現するようになる。
他人と関わり交われるようになる。
そして自分の殻から外に出て、学校や地域での出来事に関心を抱くようになる。

…(中略)…

音楽やアートを学ぶことは自己修養が要求される。
感情表現を磨き、同じ楽器を弾く人や同じアートの手法をとる人たちとつながり、芸術で人々の生活を活性化させた先人たちの仲間入りをさせる。

若者向けのプログラムとして非常に効果的だったのは、パフォーマンスグループ、音楽グループ、壁画プロジェクト、草の根アートプログラムなどだ。

…(中略)…

芸術表現はプロのためだけにあり、一般の人は鑑賞するだけだという考えを大人たちが捨てればこれほどすべての若者の力となることはないだろう。

だれもが能力に応じて芸術的才能を伸ばす資格がある。
芸術や文化活動を通して考えや感情を表現する能力を養うことほど有益なものはない。

自分自身の芯をもって、この世界に表現の場を得て、のびのびと自己表現ができる若者は、敬意と自尊感情とやさしさに溢れた関係を他者と共に築くだろう。


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by teenspost | 2011-11-13 11:01 | ♪徒然Sawanism

今から90年ほど前にアイヌ民族の文化と誇りを伝える『アイヌ神謡集』を世に残し、わずか19才の一生を終えた知里幸恵の記念館が、全国各地2500名以上の人々の募金で北海道登別の生家に開館したのは去年の秋。

市民の心が合わさって生まれた記念館というのは、なかなか他に例を見ない。
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3年前に知里幸恵の生家を訪れたときのことはこのクログにも書いたが、ようやく念願の「知里幸恵 銀のしずく記念館」を訪れることができた。

母親が保管してきたという知里幸恵の日記、手紙、原稿…が、大自然の懐に大切に納められている。

明治時代の同化政策によってアイヌ固有の文化を否定され、学校教育の中ではゆえなき差別を受け続ける幸恵が、友達にあてた手紙には、「あなたと私には目に見えない厚い壁がきづかれていたことをごぞんじなかったでありませう」と記されている。

やがて金田一京助との出会いによって、祖母から口承された世界観を再評価し、誇りを持ち、「私の一生をカムイユカラ(神謡)に捧げます」と宣言したのが15歳のとき。
「愛する同胞が幾千年の間に残した文芸を書き残すこと。私にしかできない使命を感じる。」と。

その後、1922年5月に上京し、金田一京助の自宅に身を寄せ、『アイヌ神謡集』の口承ローマ字筆記と和訳を完成させるものの、編集者からも「アイヌと名乗り女学世界に寄稿すれば、世間から見下げられるかもしれない」と懸念されると、幸恵は日記にこう記す。

「私はアイヌだ。 どこまでもアイヌだ。アイヌだからそれで人間でないということもない。…私はアイヌであることを喜ぶ」と。

その年の夏、慣れない東京の暑さに持病を持つ心臓は衰弱していく。

東京の暑さが心配
心臓が衰弱しないか
神様に委ねる・・・

9月25日に帰る予定で、「おひざもとへ帰ります」と、柳行李(当時のトランク)を両親に頼む手紙が絶筆となって、9月18日に19歳3ヶ月の生涯を閉じる。

しっかりと記された手書き文字は、知里幸恵の魂として、今なお、この世界に向けた遺品だ。


f0107724_2175125.jpg 其の昔、幸福な私たちの先祖は、自分の此の郷土が末にかうした惨めなありさまに変わらうなどとは、露ほども想像し得なかったでありませう。

 時は絶えず流れる、世は限りなく進展していく。

 激しい競争場裡に敗残の醜をさらしている今の私たちの中からも、いつかは、二人三人でも強いものが出てきたら、進みゆく世と歩をならべる日も、やがては来ませう。

 それはほんとうに私たちの切なる望み、明暮祈っている事で御座います。

  大正11年(1922年)3月1日    記    『アイヌ神謡集』 序文 より 


18歳の幸恵の言葉が、銀のしずくとなって、降る降る、まわりに。


NPO法人 知里森舎 ホームページ>>>こちら
by teenspost | 2011-11-03 16:46 | ♪渡り鳥の旅みやげ

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室蘭は、モ・ルエラニ「小さな坂道の下りたところ」という意味のアイヌ語。

今日はその室蘭栄高校定時制で「性教育」というリクエストをいただいて出前授業だ。

室蘭栄高校は、グラウンドのむこうにひろがる綺麗な海に抱れている。

「性とは透明なガラスの器のようなもの。それ自体が美しかったり、汚かったりするものではなく、そこにどんな心を注ぐかで変わるもの」という例えからはじめて、こころ、からだ、コミュニケーションのワークをした。

海風と波のように、生徒たちの心がまっすぐに伝わってくる。
率直で誠実な反応が、とても心地よい。

ロールプレイの相手役をしてくれた男子高校生は、なんとニックネーム「クロちゃん」!!!

時間切れで最後まで読めなかった「ファジーのきもち」は、家庭科の授業で続きをしてくださることになった。

北欧では、すべての教科で「セクシュアリティとコミュニケーション」の授業を恊働で行うと聴いているけれど,思いがけず、実現しそうな先生たちの理解と協力がとても有り難い。

そう、性を学ぶということは、さまざまな視点から、楽しさと喜びをもって語り合いたいことだから。


この3日間、ずっと一緒にすごしてきた看護学校教員のTさんと精神科ナースのゆんちゃんは、今日も仕事を早めに切り上げて一緒にいてくれた。
♪伊達レッドクロス、伊達もっとクロス〜 のメロディーが止まらない〜

土日の研修には参加できなかったという方も生徒さんたちの後方で耳を傾けてくれていた。

今日傍にいなくても、研修会に参加したメンバーからの温かいメールや心遣いが次々と届いた。

「ただ傍にいる」「一緒にいれないときでも寄り添える」というのが、心強いアライですね!!

東京のスタジオ悠は「タフラブ」ミーティングが開催されて、「いつものように、おしゃべりと美味しいものを分ち合って、盛り上がっているよ!」と留守を預かってくれたイノちゃんから連絡が入った。

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そうそう、今日の室蘭栄高校の給食メニューは・・・

ほたてご飯、
きのこ汁、
春雨サラダ、
茶碗蒸し※
十勝よつ葉牛乳

※北海道の茶碗蒸しは栗の甘露煮が入っていたりして甘いのです。

どれもみんな美味しかった〜。
ごちそうさま♪

同校のホームページには「給食のページ」があるほど、学校自慢の美味しい給食。
by teenspost | 2011-11-01 21:31 | ♪渡り鳥の旅みやげ